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祝日、春分の日とはどういう日なんでしょうか?

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3月20日の「春分の日」は祝日ですが、どういう日なん

でしょうか?

「春分の日」は「お彼岸だね」とか、いいますね。

「暑さ寒さも彼岸まで」ともよくいいます!又

お彼岸だからお墓参りに行かないといけない」とも、

言いますね!

「お彼岸」とはどのような意味があるのでしょうか?

「死んだあとに人が行くといわれる世界」のようですが

「彼岸」とはもともと仏教用語であり、「煩悩を脱

てた悟り境地をさすようです」

 

先祖の霊がゆっくりされているお墓に参り、掃除を行い

お花・お線香を供えて拝みます。

彼岸(極楽浄土)で、ゆっくりして下さいと念じます。

 

それから、

祝日法で「春分の日」は自然をたたえて生物を慈

(いつく)しむ」ということが趣旨です。

趣旨はこういうことでしょうか?

「自然は、素晴らしく偉大で、力強くて優れております。

啓蟄が過ぎ、虫達が動き始める春なので十分自然と親しみましょう。

そして動物や植物達をも可愛いり大事にしましょう」と。


「祝日法の趣旨」と「お彼岸」の繋がりは疑問ですが?

お彼岸」と「春分の日」のことをもう少し調べてみた

いと思います。

 

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1.経緯 春季皇霊祭から春分の日への改名

1.1

春分の日」は、以前は「春季皇霊祭」と呼ばれていて

1878年(明治11年)にそれまでの歴代天皇や皇族の忌日

(きじつ)を春秋にまとめて奉祀(ほうし)したもの
です。

一般人の彼岸の先祖供養に相当する祭儀です。

 

1908年(明治41年)9月19日制定の「皇室祭祀令」では

春季皇霊祭・秋季皇霊祭を共に大祭に指定。同法は

1947年(昭和22年)に廃止されたが、1948年(昭和23

年)以降も宮中では従来通りの春季皇霊祭・秋季皇霊祭

が執り行われています。


「春季皇霊祭」から「春分の日」に名前を変更したのは

昭和23年となっています。戦後すぐにGHQが変更させた

ようです。皇室によって日本がまとまっているのに脅威を

感じ、皇室と国民を分けさせることが目的のようです。

ほかにも同様なことは「新嘗祭」を「勤労感謝の日」に

変更、これも同じような考えでしょうね。

 

2.煩悩とは?

2.1

煩悩とは人間の心身苦しみを生み出す精神の働きであ

り、「人間の悩みとか迷い」ではないかと思いす。

煩悩には「三毒」「九十八随眠」「百八煩悩」「八万四

千煩悩」など分類されているようです。

「百八煩悩」とかは「大晦日の夜に」聞きますね。人間

には108つの煩悩があり、108回鐘を打ち煩悩を消

してしまおうと。


2.2

煩悩を仏の道の修行によって消滅させることによって悟

りが開けるようです。


悟りとは真理(正しい道理・判断ができる)を会得すること。

 

だれも否定するこのできない普遍的で妥当性のある法則
や事実をいうとあります。

 

 

 

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3.  彼岸と春分の日・秋分の日

 

3.1

彼岸春分の日秋分の日前3日後3日の間の7日

(春・秋分も含み)をいいます。

 

暦の上では雑節季節の移り変わりの目安となる日の総

称)の中に入ります。

 

雑節とは余談ですが二十四節気以外の季節の変わり目の
目安となる日の総称です。

節分・八十八夜・入梅・半夏生・二百十日・彼岸などがあります)

 

3.2

春分(秋分)の3日前の日を「彼岸の入り」と

言い、日後を「彼岸の明け」と言います。春

分・秋分は、その間に位置しますので、「

岸の中日」と呼ばれています。

彼岸は、仏教行事であるのですが、日本独特の

行事で他の仏教国には無いものです。

ちなみに、「彼岸」とだけ言った場合、これは

春の彼岸を指します。秋の彼岸は「秋彼岸」又

は「後の彼岸」煩悩に満ちたこちらの世界を現

涅槃の世界を死後の極楽浄土ととらえ、あ

ちらの世界と考えたところから、亡くなった先

祖たちの霊が住む世界を「彼岸」と考えるよう

になりました。このことから「彼岸に墓参り」

と言うことはわかります

なお、この時期には「彼岸会」(ひがんえ)と

いう仏教の法会が開かれ、これが現在の「彼

岸」の由来となります。最初に行われた彼岸会

は大同元年(AD806年) に平城天皇が霊を鎮め

るために行ったと言われております。

 

 

 

3.3

 

問.春分の日・秋分の日はどんな日か

1.太陽が真東から昇り、真西に沈む日

2.昼と夜の長さが同じ日

3.お休みの日(祝日)


実は、多かれ少なかれ、上記の3つの内容は全
て、彼
岸と関係があります。

1.太陽が真東から昇り真西に沈む日、先ほど

からたびたび登場する涅槃の世界を、「西方浄

土」と呼ぶことがあり、阿弥陀仏の極楽浄土は

「西」にあるとされています。そのため、真西

に太陽が沈む春分の日、秋分の日は夕日が極楽

浄土への道しるべになると考えられたのです。

この日沈む太陽が示す極楽浄土への道を「白道

(びゃくどう)」といい、仏の示してくれたこ

の白道を信じて進めば必ず極楽浄土に至ると言

う信仰が生まれました。この信仰は、浄土思想

が盛んになるのと同じくして広がって行き、現

在に至っています。

 

 

 

2.昼と夜の長さが同じ日 仏教の説くところ

の「中道」の精神を昼夜を二分すると言う点

で、春分の日・秋分の日があらわしていると考えた。

(春分・秋分の日の日の出から日の入りまでの時間を計算してみると、実際は同じになりません)

引用元:http://koyomi8.com/reki_doc/doc_0730.htm
暦と天文の雑学

 

 

 

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4.まとめ


4.1

1)「春分の日」の3日前を「彼岸の入り」3日後「彼岸明

け」その日を「彼岸の中日」と呼んでいます。

 

2)「彼岸」とだけ言った場合、これは春の彼岸を指します。


3)「春季皇霊祭」「秋季皇霊祭」から「春分の日」「秋

分の日」に呼び名が変わりました。

改名はGHQからの変更依頼に応じた。

 

 

 

4.2

1)祝日法に定める「春分の日」は「自然をたたえて、生

物をいつくしむ」これを趣旨としています。

「春分の日」を以下のように理解しました。

「自然のすばらしさに感謝し、万物を大事にし共存して

いこう」

 

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